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弁当の味

皆さま、こんにちは。鷲見です。

共通テストでした。

全員
失敗もせず
大爆発もせず
実力相応の得点でした。



きっと
傾向で押そうとしていた人は
瓦解氷消でしょうね。



初年に「傾向対策演習」って。







大変良い教訓です。

自分の人生なのです。


情報や助言は

まずは、それを受け入れ
そして
自分の頭で考えないといけないのです。

「正しいのか?」と判断しないといけないのです。
どのように自分は「動くのか」を選択しないといけないのです。

考えるんです。
そして決めるんです。




たとえ
受験生で
スミ塾長の指導であったとしてもです。


中学生から
大学受験時まで
ずっとつきあっていると

無条件で
スミ塾長の提案を受け入れるという状態に
陥りがちですが
それは良くないという事です。笑




まあ
迷走指導は
行っていませんので、言う通りやれば
予定通りになります。

塾長は思いの外
優秀なので安心してください。

うわっはっはっはっは!









これから今年度の受験完了まで
大変楽しみです。










さて
高校受験も迫り
中学生はテスト形式の
直前演習を進めています。

時間制約を厳しくしております。

はじめは
時間配分や時間に対するストレスで
なかなか得点がとれませんが
慣れると目標得点を突破するようになり

最終的には
平均得点が
入試本番で想定される得点になります。

だいたい本試で
予定通りの得点になります。



これから
結構な回数の演習を行います。
テストセットはおそらく50種近くあります。

もちろん全部はできませんが。













先日
演習会にやってきた
中学3年生が

友達や
大学生や
そして
この塾長にも

お弁当を作ってくれてきまして
感激しました。

そして美味しかった!!


もう
とても嬉しかったです。



「美味いじゃん!」と
食べていると
塾を始めたころに

生徒のお母さんから

はじめて
お弁当の差し入れをもらった時のことを
思い出しました。



授業を終えて
その
いただいた手作り弁当を

生徒が帰って
1人になった教室で食べていました。






当時は
問題が
いろいろあって
まあ
それなりに
大変な時期で

そのお弁当の美味しさが
心に突き刺さってきたことを記憶しています。


「うめぇなあ。うめぇーーなあ。」と
人生を味わうということを体験したときでもありました。








食べながら、

ニーチェの「よし!もう一度!」の精神だよな、と。
何度も立ち向かえることができるんだと。
いったい何を怖がっているんだと。
誰からか
知らないけれども
謎に与えられた、この謎の時間を
好きに楽しもうじゃないかと。


そんなふうに思って
「うまい!!!!」とお弁当をたいらげました。







僕らは
いつの間にか
ある枠組みの中でしか
物事を考えられないようになってしまっていますが
そんなことはありません。

枠組みは
いつでも取っ払えますし
もっと自由なはずです。


何かに立ち向かい
そして
戦うことに決めているとして

もう一度
よく考えるべきです。
よく、よーく考えるべきです。

もっともっと自由なはずです。

その戦いは
何度も挑めるであろうし
何度も立ち向かっていけます。

そして戦い方は様々なはずです。
戦わないという選択肢すら存在しています。


恐れているものが
本当に恐れるべきものなのか
まっすぐに見つめてみるべきです。



虚構だって
きっと気づくはずです。








いろいろな人の話を聞いて
自分で考えて
よーーく考えて
選択して
そして
挑むのであるならば

周囲の人はきっと心から応援してくれます。

負けることや
失敗することが
何も怖くないことだとわかったのなら

ワクワクしながら
立ち向かっていけるじゃないですか。
人生を味わえるじゃないですか。




跳ね返されたって

その時は
持ってきた弁当食べて
「うめぇーーなあ」って弁当食べて
涙しながら弁当食べて





昼寝して



また
ワクワクしながら
強敵に立ち向かっていけばいいんです。










たぶん
僕らは
そうやって

味わって
楽しむ「こと」を
与えられているのです。













もっと見渡して
もっと見通して
考えて
考えて
踏み出す。



その価値は
本当に手に入れなければならないものなのか、
よーーく考えて。








踏み出しましょう、
どんどん
進みましょう。





お腹いっぱい
食べましょう。




ボールは友達

皆さま、こんにちは。鷲見です。

トヨタのハリアーのCMを見ると
自分でわかるほど
心が高揚します。

でもその理由は
よくわからず

あのCMは結構光っているので
光沢感バイアスかな?と思ったこともありますが
このすみ塾長が
そんな一般人に影響を与えるような
心理作用に揺さぶられるはずがないということで
それは却下。

見ていると懐かしさも覚えて
なぜ気分上々になるか
よくわかりません。

もちろん
ハリアーに興味があるっていうことでもありません。
自動車には
まったく興味がありません。


数年前の日本たばこ産業の
外国人がお茶や折り鶴を体験するCMを見ても
似たような気分になります。


でも
どうして良い気分になるのか
自分でも本当によくわかりません。

現象発出の理解はできる、
ただその原因や回路を把握しきれないのです。

自分自身に起きていることなのに。



まあ、
人間なんて、
そんなものです。













さて、
共通テストも近くなりました。

共通テスト利用入試や
個別試験をどうするか、
どういう想定をしておくべきか、
いろいろあります。

我が塾の大学受験生は
まあはっきり言って「完璧」なので笑、大丈夫ですが、

僕が受験指導に「甘噛み」している
予備校や高校の生徒たちは
「どうなのかなあぁ」と
期待と心配が
複雑に絡み合っています。


オンライン指導を含め
接触時間や回数の影響の大きさを痛感した年度でもあります。

考えるべき課題もあります。


逆に
距離のある状態になると
明確になることもあります。

接触したときに
その生徒の持っている認知バイアスのすごさが分かります。

その矯正を繰り返し行ってきたわけですが
さあ、どうなるのでしょうか。


自分自身に対しても
客観性を持つことが大変重要です。

自分のことなんて
だいたいよくわからないのです。

数字をヒントに
数字をよく見て
それをもとに受験を検討しましょう。


数字は友達、こわくないよ。



キャプテンすみ君。








受験シーズンという
慌ただしい日常が
散文的な生活に戻るのはいつになるのか。


受験シーズンが終わっても
憧れの穏やかな日は
舞い戻ってきそうにないが、


どうする、
キャプテンすみ君。









忙殺は友達、こわくないよ。









対象&認識

皆様、こんにちは。鷲見です。

ゴミ出しをしようと
寒さが身に染みる
雪が舞い散る早朝

「さみぃさみぃ」と足早に家に戻ろうとしているとき
小学生の登校の列が
静かにやってきました。

先頭は
高学年の小学生。

低学年が数名続き

最後の一人は
ガキ大将の風格を漂わせた
少年でした。


その少年は
雪が舞っているというのに
短パンという。

上はジャンパーでしたが
なぜか
下は短パン。


「子どもは風の子と言うが、雪降ってるぜ、少年。」
と心の中で思いながら

彼の体感温度を疑い、
知覚がおかしいのではないかと
自分基準で少年を見ておりました。



「いや、まてよ。
この少年はカントの思想を体現しているのか!」

なんということでしょう。
こんな鼻水を垂らしていそうな少年が

鼻水を袖で拭いて、
その袖が1時間目が終わったころには
乾いた鼻水のせいでカピカピになっていそうな少年が

カントの超越論的主観性を主張しているというのでしょうか。

人を見た目で判断してはいけません。
反省。




さて、
年が明けました。
おめでとうございます。

僕は
スポーツ用品店のアルバイトを始めたころ

「すみ君、2000年問題でPCにトラブルがあるかもしれないから
念のため年末年始出勤してくれない?」
と店長に言われ、
まったくパソコンに詳しくないにも関わらず
若くてちょっと頭良さそう雰囲気出てるからという理由で
大晦日、そして元日を9時からの通常労働を行い

それ以来
仕事は変わったものの
ずっと
年末年始はダラダラと仕事をしています。

最初の頃は
普通の感覚で
「年末年始ぐらいゆるゆると過ごしたいな」と思っていたものの

いつのころからか

「12月が1月に変わるだけだよな」という認識に変わり
特別感は希薄になり

さらに受験の仕事をするようになって
完全に年末年始も
いつもと変わらない「日常」になってしまいました。


年末年始という対象は
存在していますが
結局は
それの認識が存在を確立するわけです。









新たなプロジェクトや
仕組みを考えなければいけないことが
同時並行で進み始めており

もちろん
今の仕事もいくつかあるので

考えなければいけないことが
あふれており
脳にあることを
手帳に吐き出して
検討していますが

常に意識していることは
「これを人はどう思うのか?」

ということです。

結局
カントの言う通り
対象ではなく
認識の支配が強い人の世なので

このプロジェクト方針は委員会で受け入れてもらえるのか、
この仕組みは教室に組み込む了承が得られるのか、

塾であれば
この内容は授業料として適正と思われているのか、
この提案の受験校を生徒はどう思うだろうか、


すべて人の「認識」に関して気をつかいます。


たとえば
東京大学は間違いなく存在していて
その対象は
もちろん1つだけです。

ただ
それに対する認識は
人それぞれで

その認識が
東京大学の存在を無数にしています。



「もの」でさえ
それをとらえることは不可能であるならば
「人」を理解することなど
まあ
不可能でしょうが、

でき得る限り
考えて
想像して

その認識からズレないように
捉えられるようにと

唸りながら思案して
シャワーを浴びながら吠えるのです。








雪が綺麗に舞う朝に
短パンで登校する少年は
塾長に言っているのです。


「問題なのは対象じゃないんだよ、認識なわけ。」


あらゆるテーマに通じる気がします。









精進します。













皆様、本年もよろしくお願いいたします。


姿勢なのだよ、若人よ。

皆様、こんにちは。鷲見です。

「実は料理上手いんじゃないか」疑惑が
生徒より昔から持ち上がっておりましたが、
上手かもしれませんね。



超高速で料理し、食し
「うむ、うまい!」と感嘆することを
以前よりも繰り返すようになりました。



ただ、
材料費や時間というコストを考えると
外食した方が良いような気がしています。

自分で作った方が美味しいんですけどね。





さて、
共通テストまで残り1か月半ですね。

いやいや、たのしみーーー笑


みんなどんな顔して受験するのでしょうか。

共通テストは
極論、
「教科書理解してるの?」ってことです。

大学入試センターが
そんな試験を作りたいのは明白で
試行問題をやれば
すぐにわかります。

もう数学はその点が明らかで、



得点とることに苦労している人が
たくさんいますが

「定義知ってるか?」とか
「定理証明できるか?」とか、

そういう教科書に記載されている
「基礎」が大切なんだとわかります。

それをわかっていながら
解法暗記でおし進めた人は
ウエウエーーと苦しむだけです。


「わかっている」ので「実行する」

人間の不思議なところで
こうやって上手に流れないのです。


自分の塾の生徒、

オンライン指導の全国の生徒や
予備校や高校での
受験指導中の生徒も

皆そうですが

なかなか学習計画通りに進みません。


まあ
そんなことは

余裕で


想定内ですが、



問題なのは
学習が遅れているということではなくて
学習する姿勢に問題があるのです。

その姿勢については
個々に差があります。


学習する姿勢が悪いと
当然遅れが生じ
学力がさみしいことになります。




自分を高みにもっていくためには
知識や環境もあるでしょうが
何よりも
学習に向かう姿勢なのだと思います。



学習姿勢については
定期的に話をすれば一発で分かりますし

オンラインや
メッセージのやり取りでも
わかります。


高校受験や
大学受験のために
彼らは
「勉強をする」ということを選択して
自らやっているわけですが

それなりに
本人たちにとっては
困難があり

それに向き合う必要があります。



指導していると

なんだか
向き合えていないなと感じるときもあります。


逆に
必死に対峙し、乗り越えようとしていると感じることもあります。



いずれにせよ
人間臭がして
「なんだか良いね」と思ってしまいます。




自分の人生を
かわりに歩んでくれる人は
いないので


まあ
おおいに悩もうではないか、

若人よ。








まあ
とりあえず
おおいに勉強しようではないか

受験生よ。





それについては検討します

皆様、こんにちは。鷲見です。

白菜の浅漬けを食べながら紅茶を飲んでいます。
合うなあ。


共通テストが近づいてきましたね。
”初回”なんで、傾向もなければ
対策もないです。

試行テストから考えられることを行い
本来の学習をするだけです。

こういう時こそ
言われるがままではなくて
それが納得できる解なのか
根拠として自分の中に入ってくるのか、

その判断が大切です。
考えるってことです。

学習指導しているときに
「やれ、ロボットのようにやれ。」
なんて言うこともあります。笑
反論許さず、です。

ただ、
それは
自分で完全に証明できていること、
または、
多くの学習指導によって帰納法的に証明されていること

そんな時です。



自分が納得できないこと、
証明できていないことを、

「やれ」なんて言うことはできません。
変なところからの力がかかっていない限り。


共通テストなんて
まさに何も証明されていません。

大学入試センターの出題方針を見て
試行調査から考えられることを行って、

本当に手探りで大変です。


時期的に
大学受験生は
すべきこと
できることを一所懸命に進めています。




共通テストは
とてもフラットな気がして
「どうなるんだろう??」ってみんな思っていて
そんな中で受験ができて

なんかうらやましいなぁと感じてしまいます。



数字は正確に見る必要があります。
でも数字に踊らされちゃダメです。

なぜ
そんなに数字に踊っているのか不思議です。
状況を正しく見れば
踊る必要はないと知るはずです。

ダンスサークルに入って
思う存分踊ってから
数字を見れば落ち着くのでしょうか。



自分の納得したことを徹底してやればいいのです。


僕の生徒は
「わがまま」になるらしいのですが

でもそれは
自分の人生であることを理解し
そして考えている証拠じゃないかと思います。
だからこそ
納得できないものはできない、
譲れないものは譲れないんじゃないかと。

みんな
とても素直だと思います。





まあ

譲れないものを ぶっ壊せ!!

というときも
あるんですよねえ。

そういうことも
必要なんですよねえ。

その瞬間はとても大変ですが。









今度
サイエンティストになって
好きなことをやってる昔の生徒と
ご飯を食べてきます。




ダンスダンスダンス。








必要タスク

皆様、こんにちは。鷲見です。

生徒のお家から
リンゴをいただくことがあります。

最近、
シナノゴールドという品種のリンゴを食べました。

美味い!

一瞬で食べてしまう。
まごうことなき一瞬で。

さて、
過去問演習も本格的になってきています。

「誰でも合格するといわれている早稲田には進学できそうか?」
「せんせーーー笑」
「ん?違うの?」
「誰でもは合格しません。」
「ふーーん、そうなのね。それで行けそうか?」
「数学ができなくて、やばい。」
「何ができない?」
「もうぜんぜんできない。ひどくて。」


こういう会話をしているうちは
合格の可能性は圧倒的に低いのです。

自分の合格可能性すら探っていないのです。


もう入試までの時間が限られているということは
未来がぼんやりとしか見えない高校生にも
さすがに
有限さが認識できる時期です。

時間が有限なのですから
「目標達成に必要なことをする」ということです。
もう少し正しく言えば
「目標達成に強く影響することに優先的に取り組む」
ということです。

逆に言えば
目標達成にあまり影響力をもたないことには
取り組まないということ、
取り組んではいけないということです。


自分の目標達成という結果を出すために
何が課題なのかはっきりさせ
それを鍛えます。

「ぜんぜんできなくて、ひどい。」
という言葉は
その課題の具体的な面を認識していません。

それでは
合格の可能性を大きく高めることはできません。


数学の学習段階も
いろいろあるので
状況に合わせての
学習指導は必要ですが、
とりあえず
一定の学習が完了しているとして

たとえば
早稲田大学商学部に対し
どのように合格可能性を高めるか考えます。



早稲田は得点を標準化しますので
そのまま素点では計算しません。

各科目の配点と平均点を考慮し
得点を算出します。

例えば
計算した結果
22点(60点満点で37%)を目指すとします。
平均点が低いので
年によっては40%を切る得点率でも
標準化計算後
40点以上(67%以上)にアップすることもあります。


標準化による点数変動を計算して想定します。


また
大学の国公立二次試験や私立個別試験は
出題範囲にかなりの偏りがある場合が多く

過去問を確認すると
具体的にどの範囲が出題されやすいか分かります。


入試までの時間が無い場合は
頻出分野に集中的に時間を注ぐ戦略もあります。


それでは
22点を獲得するために
どのように得点を獲得するかということを考え
22点までの不足分を
どこで、どのようにして獲得するか、
そのために
どの程度の学習を必要とするのかを
具体的に考えて実行します。

「ベクトルがあまり得意じゃないから」
ということで
ベクトルの強化!というのは

早稲田商学部の傾向を考えると
影響力「強」の優先性からはずれます。

ベクトルは出題されますが
もっと頻出分野は他にあります。

つまり、このベクトル強化作戦は
「投資」に対する最大効果の期待は薄いということで
採用しません。


もちろん
時間があれば
全部やります。

どこを出題されても
対応できるように
準備します。

それが普通です。




でも
「やばい。ひどい。どうしよう。」
なんていう状態の受験生が
直前期に
網羅しようというのが無理なのです。



合格の可能性を高めるために
課題を具体的にし
目標を設定し
必要なタスクを実行するということです。



イシューからはじめて
最大効果を出すために
必要なことを実行するということです。











面倒ですねぇ。笑


勉強不足だから
こうやって
最大効率とか
必要タスクとか
ギリギリの戦略を立てて
戦うことになるので




時間のあるみなさんは、
モリモリ勉強してください。

モリモリ王になってください。

モリ王です。



モナ王食べながら
勉強してください。


本質の錯覚

皆様、こんにちは。鷲見です。

鬼滅の刃が大変な人気で
高校生も見ているとのこと。
みんな観に行っています。

でも、大学受験生は

「受験生なので、我慢してます!!」

いやいや、何のために?
って思って

「2時間ぐらい、たいして問題ないだろ、観に行けよ。」
「いえ、受験勉強あるんで。」


『我慢して勉強している自分』で悦に入って
気持ち良くなっているならばイイですけれど
そうじゃないならば
観に行って
リフレッシュしてきたほうが効果的じゃないかと
思うんですけど。

全集中できると思うんですけど。

爆血できると思うんですけど。





さて、
「東大の特徴に合わせた対策」
「慶應の特殊な問題に対応させる」

時期的に
よく耳にしています。

中には
「明治大の入試に合わせないとダメだ」とか。
「千葉大の特殊性を研究をする」とか。

明治大の傾向ってなんだ?っていう話です。
千葉大の特殊性ってなんだ?っていう話です。

そんなものないだろっていう話です。



過去問演習が学習の中心である時期なのですが
その大学の
特殊な形式に合わせないと
大学合格はない、かのような錯覚のもと学習している
受験生も多くいます。

植え付けられた誤認、
そして利用されている無知性。













「あの人の本質を見ちゃったよ。」
なんていうことがよく言われたりします。



いつもとても優しいスミせんせー、
でもある日のカマドウマの処理が
徹底されて残虐で
あれでスミせんせーの本質を見たよ。


こんなエピソードがあったとして
すみ君の本質に残虐性があるというのは
本当か?ということです。

98%優しくて、2%の特殊な条件下での
残虐さを「本質」としていいのか?
ということです。

全体に対し
2%なので、
それが顕在化すると
かなり強烈に印象化します。

そして
人は
それを大変意識するようになります。

2%の特殊性を本質と見なしてしまうわけです。






まあ
僕はカマドウマは嫌いなので
もし現れたら
悪魔の凄まじき形相にて処理します。





現れたものが
本当に本質であるのか、
それとも印象的な一部の要素なのか
的確に見極める必要があります。




受験でも同じです。

一部の難解な箇所を抽出して
それをフォーカスすることで

優先的にすべきことや

必要な学習や
目標レベルを見失わせます。



本質を見失っています。










求めるものは

どこの大学でも
だいたい共通しています。
基礎力
表現力
分析力
論理力
思考力

こんな感じです。

入試における数パーセントの難解な問題に対応できる
能力を求めているわけではありません。

傾向に合わせる能力でもなく、
特別に高い能力を見るわけでもなく。





まずは
求められている
普通の力を獲得していくことが大切で

その上で
大学の傾向の特徴を知り
訓練していくと
「よくやり遂げたな」と大学に言われ、入学を許可されます。



順番を間違うと
勉強時間だけが増えて
合格にたどり着けず

予備校に通っているのならば
お金が儚く消えていきます。







楽をしてはいけません。
すべての他者からの情報を鵜呑みにしてはいけません。
自分で確認するのです。

生殺与奪の権を他人に握らせてはいけないのです。









映画でも観に行きましょう。
そのあと
全集中しましょう。













勉強っぽいだけ

みなさん、こんにちは。鷲見です。

ある日の高校生との会話。

「教科書が一番わかりやすいのに
その説明をどうして授業でするのかなって。読めばわかるのに。」
「笑。多くの人は教科書が理解できないからな。」
「そうなんですか?でも教科書が理解できない受験生が
年末まで解説授業を受けて、いつ受験勉強するんですか?」
「まあ、並行とか、大急ぎでとか。」
「でも、スミせんせー言うじゃないですか、
入力より出力の必要量の方が多いって。一般的に。」
「普通人は間違いなくな。」
「12月に教科書を終えて、
それって合格するには無理ないですか?」

彼は嫌味を言っているわけではなく
おそらく本当に不思議だったんだと思います。
そんな感じでした。

教科書の理解がおぼつかない人が
理解に12月までかかって
そこから知識定着、演習の時間をどうやって作り出すのか、
疑問だったんだと思います。

まあ、たしかにその通りです。

その彼はたしかに理解が早く
吸収力も高いので
教科書を読んで理解できます。
実際に成績もとても良い。


ただ
そうじゃない場合が
ほとんどで

そうなると
12月まで授業されると
普通脳の受験勉強は厳しくなります。


そうなんですよねぇ。
大変ですが
時期をみて
時間を考えながら
自ら進めるしかないんです。




中学生や
考えることをさぼっている高校生の中には
5時間机に向かって
カリカリと
何か勉強らしきことはやっているけれども

実質の学習時間は30分程度
なんてことはよくある話です。


親からすれば
「勉強はやっているみたいなんですけど。成績が、、、」

となります。


ふつう
勉強をすれば成績は伸びます。
成績や結果が良くないのは
端的に勉強をしていないからです。

「学習方法が悪いのかも?」
という話も
よく聞きます。

ただ
学習方法が悪くても
「勉強をしていれば」
成績は伸びます。

成績が伸びないのは
本当にシンプルに
その行いが
勉強ではないのです。



学力を上げるためには

1、知識を入力する、事象を理解する。
2、知識を定着させる(覚える)。
3、知識を自由に出力できるようにする。
4、思考訓練。

こんな感じです。


よくわかっていない中学生は
ずっと
「2」ばかりをやっています。

理解できていない物事を
ひたすら覚えようとしている、

そして
テストや模試で
「ぜんぜんできねーー」と嘆く。

そりゃソーだろ、という話です。


まず
メモリには限界があるので
無意味なことなんて
たいした量は覚えられません。
それに苦痛です。

たとえ苦痛を乗り越えて
覚えたとしても
丸暗記なので
同じ問題しか解けず

応用もききません。


最初に事象を理解することが
大切です。
その上で必要な知識を入力定着させていかないと
使い物になりません。


1~2がインプット学習段階で
2~4がアウトプット学習段階です。

2はインプットであり
アウトプットでもあります。

学習量において
アウトプットの占める割合が
6,7割が最も効率的な学習と言われています。


注意しないと
2の「覚える」ということばかりやってしまう
生徒もいます。

「覚える」ことだけやっていても
使える知識にならず
得点につながりません。




教科書を理解するということは
1の学習段階です。

ただし
それ以降の学習量や学習時間の方が
圧倒的に多く
必要とします。

教科書の理解が
冬が始まる頃にやっと終わるとなると
理論的には
厳しい受験となります。



志望によって出力期間が変わります。

出力訓練の期間を考えて
知識の入力を終えておくことが重要です。

計画している期限までに
学校の授業が終わらないようであれば

入力学習段階を終えるための
作戦が必要です。




何とかして
自分で進めるってことです。




負担は大きくなりますが
技はいくつかあるので
なんとかなります。










マルチタスクなんてできない

みなさん、こんにちは。鷲見です。

最近、ごみ箱の長ネギの臭い処理に苦戦しています。
臭いを完全になくしたいのですが
なかなかできず。

”生ごみ処理装置”みたいなものが家にはあるのですが、
数年間、電源を入れず
”長期休暇”に入ってもらっており
いきなり「働け」というのもチョットな、

ということで
結局長ネギの欠片たちは
ごみ箱の中で静かにごみの日を待たせています。


さて、受験勉強も後半戦に突入し
「過去問演習」という山場をむかえております。

一方で
中学生はキャッキャ と飛び跳ねております。

まあ、高校受験なんで笑。



いやいや
高校受験も甘く見てはいけません。

自分が塾長だということを忘れていました。
厳格に指導していきたいと思います。

総合テストの中学が多いので、
それが終わったら、毎週模試プリントを演習予定です。

昨年までは
「特別演習会」「サタデーセミナー」
「土曜演習会」「サタデーナイトフィーバー」とかテキトーな名前を付けて
やっていた演習会です。

特別感を出すと
中学生は盛り上がってやるので
「特別なんだぜ!」感を出して、
申し込んでもらって金儲けをしています。

うっしっしっしっし。
ケっけっけっけっけ。



まじめな話ですが
勘違いしている人が多数なので
いつも言っていますが

学習のメインは「演習」「出力」「検索」だということです。

「入力」中心の学習では
学習者の能力が激しく高くない限り
得点が目にみえて伸びるということはありません。

そういう脳の性質なので仕方ないですね。


この学習方法に関しては
データを根拠に発表されていることです。



ということで、
ある程度の知識入力段階が終了したら
少しぐらい定着していなくても問題ありません。
「出力」訓練によって
得点力の向上を図ります。
当然、知識定着も図れます。

オンライン教室の場合は
答案を見て採点を行いたいので

お手数ですが郵送、
または画像で送信してもらうことになると思います。


この模試プリント演習は
けっこう
効果はあります。




勘違いと言えば
もう一つあります。

「バランス」です。


この世に
「バランスがとれている」ものなんて存在しません。

「バランスがとれている」ように見えるものは
「バランスを”必死にとろう”としている」だけであって

バランスがとれている状態を自然と
保ち続けられているわけではありません。

同時並行は不可能です。

すべては、
同時に行えているように見えているだけです。

脳にもいろいろな装置があり、
マルチに働きそうですが

原則、1つのことしかできません。

「音楽を聴きながら、料理して、
お酒飲みながら、ドイツ語の勉強しているよ。」


そんなことできません。
スーーパー高速で聴覚、触覚、味覚、視覚を
脳が処理しているだけです。
同時に行っているように見えるだけです。


超光速なので。


PCも同じですね

同時にいくつものタスクを
進めているように動いていますが

基本的には
超光速に
あっちの処理、
こっちの処理、
向こうの処理、

と1つ1つを処理しているだけです。


だから
マルチタスクというのはできません。

しかも注意が散漫になるので
効率的ではありません。




これは
日々の学習という
ある程度長い時間でも言えることです。


科目というのは
5教科だったり
9科目だったり
複数あります。

入試科目も
多数あり
その対策を必要とします。


生徒によっては
毎日
「英語やって、数学やって、
国語やって、理科やって、社会やって、、、家庭科やって。」

ときには
「英単語、英文法、英熟語、英文解釈、英文読解、リスニング」

と同じ科目で
いくつもの種類の訓練を行ったります。

結局
分単位で
学習の種類が変化します。


まあ、
いろいろなことを訓練しなければいけない時も
あります。

ただ、
それを毎日続ける学習スタイルの人もいます。
それは
バランスがとれているのではなく
バランスを”とろうとしている”だけであり
学力を向上させるという目標には遠回りです。


的をしぼって
集中して取り組むことが
大きな飛躍の秘訣です。


バランスを欠くことを恐れてはいけません。

高校受験は
「あれもこれも学習」で余裕で合格するので
特にうるさく言うことはしませんが

大学受験は
さすがに学習量が多くて
的をしぼって集中して取り組んでもらわないと
話にならないことが多くあります。

「英単語だけ。英単語暗記以外の勉強禁止。」
なんていう学習指導は日常的にします。


学習内容が散らかっていると
本当に学力が上がりません。

やるべきことをしぼって
そこにエネルギーを集中することが
とても大切です。


すべてのことが等しく重要であるというのは幻で
もしそう考えているのなら
思考が停止しています。

考えなければなりません。

本当に
いますべき
一番大切なことは何なのか。




「英語なのか?」
「数学なのか?」




「ん?受験なのか?勉強なのか?」

「あれ?大学必要??」









おっっと、やばいぞ笑笑




でも、
それって
考えるべき大切な疑問だと思います。






受験勉強が始まる前に
考えておくこと。



受験勉強中に
「勉強の意味」や
「進学の価値」を考えるなんて
とんでもないマルチタスク。





バランス欠き過ぎです。







バランスボールを始めてください。


リーダーになりたいかー!

みなさん、こんにちは。鷲見です。

自宅にある膨大な受験参考書・問題集を
全部ぜーーんぶ、読んで解きたいという衝動にかられ
読み始め
そして
「あっ、やっぱり普通の本読もうっと。」と

同じことを
いったい
何度繰り返せば
受験参考書は読むことはないと悟るのでしょうか。


生徒には
原則、教材は買って与えているため
僕が持っている参考書は
眺めるためだけにあるようなものです。


眼光紙背に徹することできず!



さて、
半沢直樹が話題なので
はじめて見ました。

面白かったです。
今回のは、
いくつ目のシーズンなのでしょうか。
昔のものも見てみたいですね。

勧善懲悪がヒットしている原因なのでしょうか。



最終回で
半沢が頭取をやれって言われていましたけれど
頭取でも「だだだだーーーー!」って叫んで
職務遂行するのでしょうか。


組織論で
ピーターの法則っていうのがあります。

簡単に言えば
組織は
自動的に無能な者で
埋め尽くされるっていう法則です。


1、組織の構成員は各自のレベルに応じて
昇格により、いずれ能力では対応できないポストに就く。
2、組織のあらゆるところで職責を果たせない人間が占めることになる。
3、仕事は、まだ”無能レベル”に達していない人材が献身的に回している。


「使えない上司」っていうのは
ピーターの法則で見るとわかりやすいですね。

「使えない上司」も
昇進しているので
過去優秀だったのでしょうが

上のポジションにつくと
その職責を果たせないレベルであり

または
要求されているスキルを持ち合わせていなかったりと

とにかく
そのポジションでは使えない人材になってしまいます。


あらゆるところで起きると
多くの人たちは
昇進により
限界レベルを超えたポジションに就き
使えない人材となっていきます。

レベル的に余力のある人達だけで
組織を回していくことになります。




半沢直樹のように
限界よろしくの上司の実態が露になると
情けないことが噴き出すわけです。


あのドラマは
誇張されていますが
どの組織も
程度の差こそあれ
似たようなものです。

とにかく
組織に属していると
「慣れ」ます。


非合理であっても
問題だと感じていても

いつしか
そこに蓋をし
自分を納得させ
問題であることを忘れ去ってしまう、

お客さんよりも
会社の都合が優先されるという
不都合な真実が
不文律として明らかに存在しているのです。


まあ、
程度の差こそあれ
どこにでもあります。


うちの塾にもあります。

「あります」というか
我が塾は
「塾の利益第一!!」を標榜しております。

生徒にも
事あるごとに言っております。

「なぜ、志望を高くし、合格を成し遂げるのか。
いいか!
それは!
その実績によって塾の宣伝をし、
この塾長を潤すためなのだよ!!
この懐をだよ!!
ぬわっはっはっはっは!!」と。








程度の差こそあれ
どこでもあります。





半沢直樹が
ピーターの法則に当てはまり
頭取が彼の能力を超えたポジションでないことを
期待します。

フィクションなんで
どうにでもなると思いますけど。








非合理性に慣れ
問題を忘れ去り
自分を納得させるような人から
指導を受けたって
なーんにも楽しくなくて、

半沢直樹のようなリーダーには
なれないので、


時折
生徒に
スパイスを振りかけています。










あぶないですねえ。

笑。









でも、
そっちの方が
きっと
随分と楽しいですよ。