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蝶のはばたき

みなさま、こんにちは。鷲見です。

食器を洗っていると
ラジオから

大変おしゃれな曲が流れてきました。

Friday Night Plans の “Plastic Love”


「これは、恐ろしいほどにおしゃれだな。」
と感じ

バンドと曲を調べていると

藤井風がyoutube に出てきて


「藤井風の歌なのか?」

と思ったのですが
彼もカバーしているという。


では一体誰の曲なのか。

竹内まりあでした。

しかも40年近く前の曲だという笑


すごいですね。



この Plastic Love は世界中で今カバーされており、
日本人の他、
外国人も多く
この曲をカバーしています。



youtube に
ラジオで竹内まりあがトークしているものがアップしてあったので
聞いてみました。
「何でこんなことになっているのでしょう?笑」と、
彼女も現在の現象は謎だということです。




良い曲です。

初期値鋭敏性を持っていたということです。
つまりバタフライ効果をもたらす十分な原因はあったのです。

だから
今世界で台風になっているのです。




Friday Night Plans
藤井風
Millie Snow
竹内まりあ

そして
山下達郎の5名の

Plastic Love

が部屋でずっとリピートされています。


僕の部屋は
現在
大変おしゃれであるということです。






勉強ができるという
つまらない塾長ではなくて

「おしゃれなバンドのドラマー塾長」 が本当に目指す場所ではないかと

現在、はなはだ悩んでおります。










さて、

「完璧にしろって、つまりどういうことですか?」


「復習して完璧にせよ」という指示が
このおしゃれドラマー塾長から生徒にいくのですが

その際に
このような質問をされることが結構あります。



簡単に言うと
「再現できる」ということです。

問題がスラスラ解けることは当然として
その解説も再現できて
誰かに説明できる状態にあるということです。

実際に誰かに説明したり、

壁に説明したり
椅子に説明したり

説明する相手は誰でも
なんでもよいのです。


説明できるということは
完全に理解、整理されているということになります。

使える知識になっているということです。


その状態が
「完璧」なのです。



人は
新しいことを学びたいと思います。

まあ
そっちの方が楽しいですから。


ただ
試験で得点をとるという観点から言うと
基礎をガチガチに固める必要があります。

そのためには
基礎練習の反復あるのみ。


完全レクチャーができるまで
繰り返し
繰り返し
「壁」に向かって説明してください。




その知識を
自動で出力される程度に
基礎・基本知識は使える道具にするべきです。





一流のアスリートが
決して基礎訓練をおろそかにしないように

基礎の充実は勝利のカギです。






基礎学力は

初期値鋭敏性を持っています。





学力を跳ね上げるためにも。
ガチガチに。















僕も
おしゃれドラマーになるために
リズム感という
基礎を
体にしみ込ませようと思っています。


おしゃれドラマーとして
やっていけるかどうかは
リズム感という基礎にかかっていると言っても
過言ではありません。






















重い一歩のその価値

皆様、こんにちは。鷲見です。


生徒に、
特に大学受験生、

そして悩んでいる大学生には

このように話しています。


「一般的な価値観、価値基準だけではなく
まったく別の価値基準、領域での価値を見つけろ。」と


偉そうですね。笑

でも
本当にそう思っているんです。


そのまったく別の領域での価値を
自分の中に取り入れた時
世界の見方は大きく変わりますし、

その価値の希少性は
憧憬になり
そりゃーもう
ハッピーパラダイスになっちゃいます笑


大変な時代ですから
いろんなところから
声がかかる方が
楽しいと思います。




高校生に
こういう話をしても
「うううーーーん」みたいになって
顔が晴れてこないので



「とりあえず2個以上の
まったく別の専攻を学ぶ。
そうすればちょっと見えたりするかもよ。」


そんなふうに話しています。







さて、

「限界からの挑戦」

これはセナの言葉です。

僕は
いつも朝起きるときに
眠すぎるときに

この言葉を唱えて起きます。



使い方が微妙にズレていそうですが
まあ
本人のパワーになっているので
なんでも良いのです。


F1はある時から
とても好きになりました。

F1をそれほど見ていなかったころから
セナは知っており
かっこいいなあと思っていました。


F1はギリギリを攻めます。
限界まで加速し、
限界まで減速を我慢し、
限界の最短を進みます。

でも
勝利のために
その限界「から」が必要なのだと
セナは言っているのです。


「もう限界だ。もうダメだ。」
そう思ったところからが本当の勝負なのです。






この話を
思い出すたびに
ボクの心には
「飛天御剣流奥義 天翔龍閃」が炸裂するという笑

いつもリンクしちゃうんです。


このセナの「限界からの挑戦」という言葉と
天翔龍閃が。

アニメの話ですが
実際の剣術の型にないわけではありません。
抜刀の際に
左足を踏み込んで前にする型です。

ただし
通常
抜刀の際に
左足を踏み込むということはありません。

刀で
自分の左足を切ってしまう恐れがあるからです。


その恐怖に打ち勝ち
それでも
さらなる威力のために
左足を踏み込み抜刀する。

この重く価値のある一歩が
セナの「限界からの挑戦」といつも重なります。






そうなのです。

僕の朝は
いつも

F1のアイルトンセナの言葉を唱え

そして
剣心が「飛天御剣流奥義」を
頭の中で炸裂させているという、


ダブルメジャーで
起きております。笑












「限界からの一歩」を
心の中にとどめておいて
何事にも挑戦してほしいなと思っています。



ただし!

最近
仕事のことや
就職のことで
いろんな人の悩みを聞いたり
相談を受けたりしています。



「おいおいそれもう
限界から1歩どころか、3歩も4歩も行っている。
ちょっと止まれ!」

みたいに思うことがよくあります。

そう伝えることもよくあります。


何を一体目指しているのか。

身体や心の健康を壊してまで
いったい何を獲得しようとしてるんだよって。




桑原の特攻服には何て書いてあったか
思い出せよって。笑








本当に価値のあるもの
大切なものを見ることができるように
なってほしいと思っています。


アタマ良く生きてください。
























受験生は
限界から
5,6歩行っちゃってください。


10歩でもいいです。



さっさと
限界超えて
学力上げてください。



















チューニング

皆様、こんにちは。鷲見です。

英検対策の単語テストアプリを作ろうかなと思って
何も考えずに
問題集とか参考書を手に取り
PCに向かって
取りかかろうとしたとき


「楽してる」と

自分の行動を反省し、
考えることを怠けてはいけないと
本当にすべきことを
適切に判断するようにしないと

と言い聞かせました。


片っ端から
片付けたい衝動に駆られますが
優先順位をつけなくてはなりません。

そこは「考える」ということが必要なわけで。

考えることをサボってはいけないのです。





ああああーーーー

ということで、うどんを食べました。




さて

高校3年生も中学3年生も、
それから浪人生も、

入試まで300日ぐらいでしょうか。
共通テストは250日ぐらいですね。



締切が決まっているということです。


塾では
受験生には
年間計画表を作成して渡しています。

「英語だったら、ここまで仕上がれば一橋の英語は対策可能。」
とか

「長野吉田高校に行きたいなら、この数学問題集を完全にして、その次これ。」

のように

いつまでに何を学習し、その次に何をやるべきかのプランを
個人に作成し
それに基づいて学習を進めてもらっています。

試験で重要なことは
締切日が決まっているということです。

つまり
時間が有限だということです。




時間は購入できないらしいです。
そんなウワサです。





その時間制約の中で
期限までに何をすべきか、
そして
その目標に対し
何が不足し
何を優先的に前進させなくてはいけないのかを
全体像を把握し
鳥瞰しながら時間を使うことが
本当に大切です。


そういう意味で
作成する学習計画は大変価値があると
自分で思っています。


まあ、
生徒の学習はプランよりも遅れるんですが。





ただ、
「ここまでやれば合格が見えるのね」と感じることは
学習を進めるうえで心にエナジーを多量に与えると思います。


それに
「修正」というのは
「元」があって
はじめて成立する行為です。

学習計画は必須なのです。












生徒によく伝えているのは

「無制限の時間ではないので
大量の問題をこなして
あらゆる問題をインプットする時間はない。
必要な知識を入力したら、
それをどのように使うのかを訓練することが不可欠。」

ということです。





脳力がモンスターならいいんですが、
そんな人は
田舎ではなかなか出会わないので

「知っている問題で試験は対処」ということができる人は
ほぼいません。


高校入試なら何とかなるかもしれませんが
大学入試は厳しいですし、

世に出れば


「なんだこの問題?未知!!」


みたいなことがよく起きます。


自分の知識、経験を使って
分析して
対処するわけです。

その力は
生きるうえで重要ですね。








そして
この問題への対処が
分岐なのです。

試験問題というのは
基本的に
「知っている問題」と
「知らない問題」しか出ません。

驚くことに
「知らない問題」は常に出ます。



理屈としては
有限の時間の中で
「知っている問題」を増やす方法で学習しても
分岐である「知らない問題」がなくなることはないので
合格しないということになります。







この「知らない問題」へ
どのように対処するべきかが大切です。

そして
その能力を高めるためには
思考する、
思考し続けるという

また、
これが
時間のかかる勉強なわけですが

これをしなければ
思考力は鍛えられません。


疲れちゃいますし。

砂糖いっぱい摂取しちゃいますし。








しかし
この思考こそが
合格エレメントであり
幸福エレメントであると思っているのです。













それでは
みなさん

さっさとインプットを終えて

思考へ向かいましょう。










英単語
英熟語

さっさと
さっっっっっっっっっっっっっっっさと

覚えてください。












格好の良い人

皆様、こんにちは。鷲見です。


5月。


朝と夜はまだ寒いぞ、5月。


昼間は過ごしやすいぜ、5月。


いつの間にか、5月。







さて、

大学生はみんな苦しんでいるようで。




まあ
社会に出てしまえば
なんだか楽しいなあと思うこともたくさんあるのですけれど。


今の時代では
いろいろな選択肢があって

「欲望」と「能力」の乖離を
行動に移そうとするたびに
ひしひしと
ズドンズドンと
ゴロゴロガッシャ――ンと

感じるわけです。

わかりますよー。
わかりますよー。



でも
やれることって

動き出して
未熟な能力を
訓練によって
パワーアップさせるしかないと思うのです。


どんなにエレガントな職業であったとしても
そのときの必要な能力の開発っていうのは

とても
泥臭い
汗臭い
力仕事と同じです。

地道な鍛錬によってでしか
獲得できないものです。

そういうものです。






昔、
とっても”かっこいい人”の話を聞いたことがあります。




「本当に格好いい人ってさ、前に進む人だと思うよ。
進みたくない時、
進めない時、
いろんな時があるんだけどさ、
前に進むんだよ。

身体も動かないんだけど、

汗とか
涙とか
鼻水とか
よだれとかさ
なんか全部出ちゃってるんだけど

顔もぐちゃぐちゃでさ

もうひどい感じなんだけど

それでも前に進むんだよ。

這いつくばってでも
1センチでもさ
前に進むんだよ。

もうさ
ボロボロなんだけど
前に進むんだよ。

もしかしたら
進んでいないのかもしれないんだけど
それでも
進んでいるんだよ。

笑。意味わかる?笑



その人はさぁ
もう自分のためじゃなくて
その背中を追っている人のために進んでいると思うんだよね。

目指せよ付いて来いよ捉えろよ追い抜けよ
前に進めよって。



おれはさぁ、
そんなかっこいい人になりたいなって思ってるんだよね。」










僕もそう思います。





かっこいい人は
いつも
地道に
力強く
前に進んでいます。

日々鍛錬して。


そういう格好の良い人になりたいと
僕も思っています。




皆様、こんにちは。鷲見です。



郵便局に向かう途中に
小学校があり
そのグラウンドで
親子キャッチボールの姿がありました。

少年とお母さん。

お母さんは無理矢理捕まえられた感じで笑






中学生2年生の頃に
野球部に所属していたスミ少年は

なぜ自分がショートではなくセカンドなのか
顧問の佐藤先生に聞いてみました。

ときに厳しい先生だったので
おそるおそる。


「セカンドは状況に応じて動かなくてはならず複雑。
動きも多様だろ。だから頭のいいスミを配置している。
おまえより上手くて頭のいいヤツが現れない限り
スミはずっとセカンド。」


それを聞き
悄然たる思いとともに
佐藤先生から
これからも学ぼうと思ったことを覚えています。



僕が中学3年生で
佐藤先生は野球部の顧問をはずれ
少なからず
それは
僕の学習スピードを遅め
成長を微小に鈍らせたであろうと記憶しています。








さて、
新学期がはじまり1ヶ月が過ぎました。
いかがお過ごしでしょうか。

“サイエンティスト”と長野駅で蕎麦を食べながら
コロナのことや
日本を代表する世界的企業の裏話を聞いて

「あああああ、やべーよ。もうやべーーよ。」

と何度思ったことでしょう。
ハードモードになってます。


もう
30歳を過ぎて

仕事大変みたいですけど
身体に気をつけろよ。



大学や高校に合格すると
挨拶に来られる保護者の方もいますし
ときどき
手紙をもらったりもします。


先日いっしょに蕎麦を食べた彼の
お母さんからも
大学合格の際には
お手紙をもらいました。





感謝の言葉をいただきます。
本当にありがたいことです。


でも、
いままで
「自分によって生徒が合格した」と思ったこと
感じたことは
一瞬もありません。

本当に一瞬もありません。




冗談で言うことはありますけど。

何かのパフォーマンスで
やったり、
言ったりしたことはありますけど。






生徒が単に学習して
得点を合格得点まで上げて
進学していったと思っています。

ずっと変わりません。








そのように考える理由として

中国古典の黄石公の話が基礎にあります。

師は誰でもどんな人でもいいのです。
その立場にあればいい。
重要なことは
張良(弟子)がどう学ぶかという構えなのです。


ですから
教えるなんてできないと思っています。



生徒は勝手に学びを発動させて
勝手に学力を上げて
勝手に合格して
勝手に進学していった。


ずっと変わらず、コレです。笑






そのため

感謝されても
いつも困惑の一方なのです。









では
師は存在しなくてよいのかと言うと

違います。


不可欠な存在です。



学ぶべき人が存在しているがゆえに
学び続けることができる。

たとえ師が何も教えてくれなくても
学ぶべき何かを師が持っていると
弟子が考え続ける限り
学びの構えは成立し続け
学び続けることができます。





剣心には
比古清十郎という学び続けるべき師がいます。
志々雄真実にはいませんでした。


孫悟空には
多くの師がいます。
いつも師匠の下で修業をし
成長し敵を倒します。


アナキンは
オビワンケノービよりも明らかに強かったはず。

オビワンは師匠への敬意を忘れず
鍛錬し
成長し続けたがゆえに

アナキンスカイウォーカーに勝利します。






師が何者かというよりも
師と弟子という関係が
非常に重要な価値を持っているのです。










では
師は何ができるのか。


歩み続けることですよね。






学びの起動装置は
あくまで
学ぶ側にあるわけですが

師匠が
進み続けるのを見て
弟子は
学び
同様に進み続けます。



たとえ
弟子が
師を能力的に上回ったとしてもです。

アナキンスカイウォーカーはこの点で
見誤っているのです。








最近よくわかります。
この構造的な価値。


みんな大変頑張ってますからね。

僕は
「下々の者ども、猛勉強せよ。」とか言っていたのに

その昔の生徒に
追い抜かれまくりです。笑





とってもいいですね。
自来也先生の気分です。













中2の頃
佐藤先生から学ぼうと考えて
たしかに
話を聞く姿勢が変わったように

学ぶべき師の存在は
学習者の成長を加速させます。



たとえ
その師が「何であれ」です。




たとえ
指導がスミであれ。












ということで
すみ先生を崇めましょう。









楽しく生きろ!

皆さん、こんにちは。鷲見です。

春ですね。
眠くなっちゃいます。

眠いです。


「腰イテェなあ」
「指の関節がイテェ」
「耳の中がイテェ」

体の痛み発生源が少しずつ増えて
経年劣化を体験しているわけですが、

卒業される皆さんは
その肉体が
最盛の時期であると推測します。


まあ、せいぜい
楽しんでください。


ケッ!!













卒業ですね。

毎年いますけど、

例にもれず
今年も医療従事者になる人、
病院に就職の人もいて

尊敬ですし
若干の心配でもあります。

あまり焦らずに、気を付けて。







皆さんが
大学や専門学校を卒業し
社会に飛び出していくにあたり

すみ少年が
衝撃を受けた
昔話を1つ
話したいと思います。




小学校5年生の頃
ある課題が
担任の大野先生から出されました。

正確なものは覚えていないのですが

1人で苦しんでいる(いじめられている)クラスメートに対してどうする?

というものでした。





討論の流れから

1人の友達はできた、ただ環境に抗うことができない。
友達になってくれたその子に価値はあるのか?



子どもなので残酷です。


そのテーマに対して意見を出し合うことになりました。


皆がいろいろな思いを言っていましたが


僕は
環境を変化させることができない限り意味はなく
苦しみは続き
今回のテーマにおいては
極論的にその友達に価値はない
と意見しました。




すると
それまでずっと静かに「討論会」を見守っていた先生が
椅子から立ち上がり
覇気をまとって
黒板に向かって歩き始めました。

「それは違うぞ。」



歩きながら、
そうつぶやき
少し憤りをにおわせ
先生は教卓で構えました。


「かつひこの考えは明らかに間違っている。
なぜかわかるか?」


「わからない。だって環境から抜け出せてないんだよ。その友達といっしょじゃ。」



「環境からは抜け出せないかもしれないし、苦しい環境から救えていないかもしれない。
でも、そのクラスメートの心はどうだ?気持ちは?考えてみたか?想像したか?

いままで一人で苦しみと闘ってきていた。
そこに友達ができた。
それはかけがえのない価値にならないか?
その子の心は大きく救われていないか?
そのことが何よりも大切じゃないか?」




なんだか怒られているような感じでしたが
熱さはとても覚えています。

そしてそのときに衝撃的に知りました。


人は
社会と対峙するだけではなくて
自分自身と
つまり自分の心と対峙しなければならないのだと。

環境に対しての自身の状態以上に
自分の心の状態の管理がとても大切なのだと。


「自分の心」を認識し



突然
別のドアを開かれたようで
本当に衝撃でした。












みなさんは
これから
社会で
いろいろなことを経験する中で
否応なく
自分自身と対峙することになると思います。

矛盾、軋轢、不合理、不条理、対立、葛藤 などなど

よくもまあ
悩める題材を
こんなに多種に用意してあるよなと思うほどに。




ただ、
大切なのは
大野先生の言うとおり。

心の在り方だと思います。



誰もが
いろいろなことを抱えており

それでも
元気で幸せな楽しい人もいれば


すべてを持ち合わせていそうなのに
苦しみにもがく人もいます。





僕は
せっかくなら
与えられた時間を
楽しく生きたいなと思っています。

そして
叶うなら
ほんのちょっと人の役にたちたいと思っています。













皆さんは

これから

どんなに
今までに埋め込まれた
価値観を高め
行動規範を精錬しても

競争のメビウスの輪から自由になることはありません。

たぶんで
おそらくなんですけど
これ
「絶対」です笑






永遠に
ハムスターみたいに走るのが好きならいいんですけど。






別の軸に価値を探しに行ってください。
行動規範の全く違う他者と交流してください。

それは大変勇気のいることであり
大変困難なコミュニケーションとなるかもしれませんが

その稀有な経験は
何よりも財産となり
もしかしたら
人生におけるかけがえのない友や先達との出会いを導いてくれるかもしれません。








まあ、

しばらくは
これまでの価値観で
ゴリゴリ
ゴリラーマンとして働いてみてください。

いろいろと知ることができます。

社会ってところは
とっても面白いのです。

きっとわかってきます。





多くの人は
1つの軸で
ものごとの
ほとんどを見ようとします。


でも、
実は
何種類もの別軸があるのだということを
頭の片隅においておくといいと思います。




何を言っているのかわからない?




それでは
ほんのちょっと役に立ってやろう。



この
塾長が
頭のわるい君たちにも
わかりやすく説明してやるゼ。







お酒でも吞みながら
楽しく
楽しく
解説してやるゼ。







































思う存分

楽しく生きろよ!!










みんな

がんばれよ!!


























卒業おめでとう!!!!



























贈り続ける

皆さま、こんにちは。鷲見です。

無事に高校入試も終わり
全員合格です。

簡単だったんでしょうか。
400点いかないかなあ、ぐらいの
演習会平均得点だった生徒が
余裕で400点越えたり


みんな
20~30点ぐらい高かったんじゃないでしょうか。



簡単だったんじゃないかと予想しています。

今のところ入試問題は解いていませんので、予想ですけれど。



まあ、
大学も高校も
みんな行きたいところに進学できて良かったです。






大学でも
高校でも
まだ不自由なことがたくさんあるところですが

工夫して
楽しく
楽しく
たのしーーく
全力で
楽しく過ごしてほしいと

思います。












先日

偶然
昔の写真をPCから見つけまして
20代前半の
スーツ姿の若いスミ君が
笑っておりまして


この頃に
指導を受けた先輩の年齢を
もう越えちゃっていると判明しました笑。


月日って
流れるものです。

驚きました。









先輩方に

「スミの塾、見に行くよ。」って言われたら
とてもとても緊張します。


塾の仕事をしている先輩は
すでにいないはずです。


ですから
指導力なんていうものは
僕のほうがあると思いますし、
授業をやって見せてという展開になっても
堂々と見せつけられると思います。



ただ
やはり大変緊張すると思います。





展開を
想像すると
緊張します。


どうしてだろうと
よく考えてみました。







仕事をする際
指導をする際に

様々なところから

学んで

自分のモノにして
技術として
使っています。


でも、
ときどきですが
当時の記憶の中の
先輩方の言動から
いまだに
新たに学んで
実行しているのです。


正直、
ここまで来ると
先輩方がすごかったのか

増えることのない記憶から
学びを絞り出す僕がすごいのかという話になり

「ああー、やっぱり、すみ君がすごいよな。」

ということになるのですが。笑



まあ冗談ですけど。





いまもなお
当時から学んでいる経験より

「先輩はすげーー」

となり
緊張するんだと思います。








仕事のことで
考えているときに

ふと

試しにこれでやってみろ、とか
あんなこと言ってたな、とか
こんな感じでやっていたな、とか


思い出して

そして
その時に気づくのです。




本当に惜しみなく教えてくれていたなと。

感謝だなあと。











親から子へ
師匠から弟子へ
先生から生徒へ

似ています。


教えてもらう側は
常に贈られている素晴らしいものを理解できない時があります。

できない時というより
ぜんぜん理解できていないのかもしれません。


そりゃそーですね、
師匠は弟子とレベルが違うのですから。



師匠もそれはわかっていますが
それでも弟子に贈り続けるんです。

贈り続けて
贈り続けて
休まずに
贈り続けて。




そして
弟子は
あるとき
気づくのです。


「やっべぇーー!!そういうことを言っていたのか!!」




こういうことが
連鎖していくんだと思うんです。


だから
贈る側は手加減無しで
自分の中にあるものを
相手の成長を信じて

贈り続けることが大切なんだと思うのです。










昔の
先輩方の言動から
いまでも
気づかされる学びがあるというのは
凄いことで

それによって
「先輩すげぇ」で

緊張してしまうという笑









ただ

もう
先輩方の
誰にも負けないと思いますけど。


















まあ、
学校の先生やっている先輩も結構いますけど。



まあ、
ビジネスマンとしてバリバリ働いていて
多角的にすみ君を見れちゃう先輩もたくさんいますけど。












まあ。


















塾長も
大人になった生徒に
たまに言われます。



「スミ先生って、すごかったんですね。」







この感想の時制が重要なのです。









ほほう、きみは成長し
学んでいるではないか、

ふわっはっはっはっはっはっはっはっは!!




























たくさん褒めてください。



















花鳥風月

皆さま、こんにちは。鷲見です。

今年度の入学試験は
大学入試も
高校入試も
ほぼ終わりです。

全員
どこかには合格しているので
みんな進学です。


バクバクお菓子を食べながら
よく最後までやり切りました。

秋ぐらいから
受験勉強中に
『おもいっきり太らせてやろう!作戦』が
塾長の中で秘かに始動し、

学校帰りの
お腹をすかせた生徒に

お菓子を
しかも高カロリーの
食欲をそそるお菓子を
与えて

その作戦は見事に成功したのではないでしょうか笑







受験が終わった今、
ダイエットを始めるそうです。

けっけっけっけっけ

ひーーヒッヒッヒッヒッヒっ






さて
月日が経つのは早いものです。

人が自然の中に存在することを
まざまざと感じさせる
そんな十年の
強烈な日々でした。


その傾向は
さらに強く続いていくことは
間違いのない未来なのでしょう。


なかなか。
なかなか。




一方で
人は
なんとなく疲れているようで
得体のしれない不安を
いつも抱えているようで


それは
今の状況が改善したとしても
おそらくは
すべてを拭いきれないものでしょう。





そういえば
「まる」が死んじゃったそうです。
猫なのにニュースになっていました。

養老先生がいつも寝ているまるを見て
言っていました。
「何の役にも立たない、
でも、まるは生きている。生きてていいんだよって言っているようでね。」



効率性、生産性、経済性
まあ世の中、
いつも
いろいろ求めるわけです。

そんな世界で生きているので
仕方のない面もあるわけですが

一方で
存在するだけでいいんだという肯定も必要だと思います。






むかし
養老先生が言っていました。

「人との関係の中だけで幸せを見ていちゃ辛いこと多いでしょ。
ほかにさ、周りにいっぱいあるじゃん、幸せに感じること。」




夏には鳥のさえずりを聞き
秋には月の美しさを愛でる
冬には風の厳しさを味わい
春には花の香りを楽しむ

世界は
人が簡単にわかってしまうほど単純ではなくて
とても複雑で
とても美しい

人間も自然の中で存在している。





ふーーん、そういうもんなんだなと感じたことを覚えております。


人間っていうのは
基本的に不安定なものなので
人との関わりに
幸せの全てが存在していると
危ういなとは思います。


かなり長い間
変化を含めての恒久性を持っているものに
幸せを感じることができれば

例えば自然とか


それは
たしかに
穏やかな時間を得ることができるのだと思います。





「仕事している机の上に石ころ置いておけよ。」
「えっ?何でですか?」
「おまえは馬鹿だな。世界ってそういうもんだろ。」


意味のないものの存在を許さなくなって
とても窮屈になっているのです。




「なんでも意味なんて付けるな。意味無いんだから。笑」



ときどき
疲れて、

かっこいい爺さんの話を聞きたくなります。







何かの映画祭での
インタビューで

若者に一言といわれ
養老先生は


「そんなもん、生きてりゃいんだよ。」





養老先生らしい。



本当にそう思いますけどね。

生きてりゃ良いんだよ。











来年度の指導時より
机の上には
漬物石を置いておくことにしました。

世界を体現する指導を目指していきたいと思います。


「せんせー、これ何ですか?」
「石だよ。」
「どうして石が机の上にあるんですか?」
「おまえは馬鹿だな。それが世界ってもんだろ。」









「座っているだけだろ」説のある塾長の指導は

すべての無意味を排除し
効率性
経済性
合理性を追求し
自然界に逆らい
「意味あるのみ」のものなので

合格を果たした暁には
多量のお礼の品々を
心よりお待ちしております。


未熟過ぎて
「意味ある」ものしか
今のところ
提供できておりませんので。

















バニラエッセンスの香りの先

皆さま、こんにちは。鷲見です。


夏草や 兵どもが 夢の跡


芭蕉がいい歌を詠んでいます。
これ、本当に良い歌だと思うんです。

何年かごとに
偶然
目の前に出現して
余韻残して
去っていく歌です。



「あーー、そういうことだったな。
人生、そういうことだったな。」

と、
毎回
“座標軸”を突き付けて
去っていく歌です。



儚いっていうことです。
美しいということです。
つまりは
サイコーじゃん!ということです。












さて、
大学入試がスタートしています。


高校入試も
私立高での入試が続いています。

長野は来週が前期選抜ですね。

中3は
総合テストのラストがあったりして
忙しそう?ではあります。
ガトーショコラを食べながら
ムシャムシャ勉強しています。

擬音語を間違いました。

ガツガツ勉強しています。






長野高校の生徒に

「早大なんて、だれでも合格するけれど
念のため古文の知識チェック用のプリント演習しておくか?」

と聞くと
少し食い気味に

「やります!」と。



考えて言っているのか?と不安になるほど

毎回
「プリントいるか?」と聞けば
「ううううやりますっ!!」と言います。




基本的に
どの高校の生徒も
頭の良さについては
たいして違いはありませんが、

長野高校に進学する中学生や
長野高校の生徒は

明らかに多くの演習をします。
多くのプリントを要求してきます。



実験から明白になっていますが
知識入力の倍の量の出力訓練量(演習)が最も効率の良い
学習法だと言われています。


このことを言わなくても
ある程度学力のある生徒は
経験的に

「演習が効率的だぞ!」と理解しているのです。

ニオイを感じています。




ですから
「プリント!プリント!」と言ってくるのです。




「プリン!プリン!プリーーーーン!」と
強硬に要求され
プリンを作ったことを思い出しました。




















知らず知らずに
最も効果的な学習法を嗅ぎ分けているという。


重要ですよね、嗅覚。










バニラエッセンスは
1,2滴で
あれほどの香りを引き立たせ

いつも
プリンを作る際は
大変感服しています。




偉大です。




弁当の味

皆さま、こんにちは。鷲見です。

共通テストでした。

全員
失敗もせず
大爆発もせず
実力相応の得点でした。



きっと
傾向で押そうとしていた人は
瓦解氷消でしょうね。



初年に「傾向対策演習」って。







大変良い教訓です。

自分の人生なのです。


情報や助言は

まずは、それを受け入れ
そして
自分の頭で考えないといけないのです。

「正しいのか?」と判断しないといけないのです。
どのように自分は「動くのか」を選択しないといけないのです。

考えるんです。
そして決めるんです。




たとえ
受験生で
スミ塾長の指導であったとしてもです。


中学生から
大学受験時まで
ずっとつきあっていると

無条件で
スミ塾長の提案を受け入れるという状態に
陥りがちですが
それは良くないという事です。笑




まあ
迷走指導は
行っていませんので、言う通りやれば
予定通りになります。

塾長は思いの外
優秀なので安心してください。

うわっはっはっはっは!









これから今年度の受験完了まで
大変楽しみです。










さて
高校受験も迫り
中学生はテスト形式の
直前演習を進めています。

時間制約を厳しくしております。

はじめは
時間配分や時間に対するストレスで
なかなか得点がとれませんが
慣れると目標得点を突破するようになり

最終的には
平均得点が
入試本番で想定される得点になります。

だいたい本試で
予定通りの得点になります。



これから
結構な回数の演習を行います。
テストセットはおそらく50種近くあります。

もちろん全部はできませんが。













先日
演習会にやってきた
中学3年生が

友達や
大学生や
そして
この塾長にも

お弁当を作ってくれてきまして
感激しました。

そして美味しかった!!


もう
とても嬉しかったです。



「美味いじゃん!」と
食べていると
塾を始めたころに

生徒のお母さんから

はじめて
お弁当の差し入れをもらった時のことを
思い出しました。



授業を終えて
その
いただいた手作り弁当を

生徒が帰って
1人になった教室で食べていました。






当時は
問題が
いろいろあって
まあ
それなりに
大変な時期で

そのお弁当の美味しさが
心に突き刺さってきたことを記憶しています。


「うめぇなあ。うめぇーーなあ。」と
人生を味わうということを体験したときでもありました。








食べながら、

ニーチェの「よし!もう一度!」の精神だよな、と。
何度も立ち向かえることができるんだと。
いったい何を怖がっているんだと。
誰からか
知らないけれども
謎に与えられた、この謎の時間を
好きに楽しもうじゃないかと。


そんなふうに思って
「うまい!!!!」とお弁当をたいらげました。







僕らは
いつの間にか
ある枠組みの中でしか
物事を考えられないようになってしまっていますが
そんなことはありません。

枠組みは
いつでも取っ払えますし
もっと自由なはずです。


何かに立ち向かい
そして
戦うことに決めているとして

もう一度
よく考えるべきです。
よく、よーく考えるべきです。

もっともっと自由なはずです。

その戦いは
何度も挑めるであろうし
何度も立ち向かっていけます。

そして戦い方は様々なはずです。
戦わないという選択肢すら存在しています。


恐れているものが
本当に恐れるべきものなのか
まっすぐに見つめてみるべきです。



虚構だって
きっと気づくはずです。








いろいろな人の話を聞いて
自分で考えて
よーーく考えて
選択して
そして
挑むのであるならば

周囲の人はきっと心から応援してくれます。

負けることや
失敗することが
何も怖くないことだとわかったのなら

ワクワクしながら
立ち向かっていけるじゃないですか。
人生を味わえるじゃないですか。




跳ね返されたって

その時は
持ってきた弁当食べて
「うめぇーーなあ」って弁当食べて
涙しながら弁当食べて





昼寝して



また
ワクワクしながら
強敵に立ち向かっていけばいいんです。










たぶん
僕らは
そうやって

味わって
楽しむ「こと」を
与えられているのです。













もっと見渡して
もっと見通して
考えて
考えて
踏み出す。



その価値は
本当に手に入れなければならないものなのか、
よーーく考えて。








踏み出しましょう、
どんどん
進みましょう。





お腹いっぱい
食べましょう。